さて。
薫風ただよう昨年五月に再就職をしてから九ヶ月が経とうとしている。
街の鮮魚店。商店街の魚屋。どう言い方を変えようが魚を仕入れて売る仕事だ。
早朝三時二十分。四時の競売開始に間に合うよう漁協へと車を走らせる。
当鮮魚店の買い付けは、社長・奥さん・板前の三人が競りに参加。
四時の競り開始後、当方が競った鮮魚を台車に乗せ次々に軽トラックへと積み込む。
社長車と奥さん車の二台で来てるが漁協での魚の積み込みは奥さん車に集中。
漁獲量にもよるがおおよそ三十分から多いときで四十五分くらいの時間をかけて競りを終える。この競売にかけられる魚介類はほぼ新潟県沖と佐渡・粟島沖の鮮魚と活魚が中心(新潟県沖といっても北は山北周辺から南は糸魚川周辺と長く幅広いのが新潟の海の特徴だ)で日本海近隣他県の流入は全体の一割にも満たないだろう。
漁協での買い付けが終了してもそれで終りではない。次の現場へ移動する。
午前五時から競売が開始される新潟市中央卸売市場水産棟へと向かう。
先の漁協での競りが早く終れば中央市場での競りに間に合うし逆に遅ければ移動中に開始時間が来て狙っていた魚を競れない可能性もある。
新潟市中央卸売市場での買い付けは県外産の魚が中心となる。メリットとしては全国的に旬な魚介や地方で有名な魚が新潟にも入りそれを競り落とせればお客にも提供できる可能性があるということ。
中央での競りは基本的に新潟冷蔵と山津水産の、この二大魚卸売問屋で成されるが水産棟内にはいくつもの仲卸業者が軒を連ねていてそれぞれが各自で網元から引っ張ってきた魚介や水産物を置いたりして独自性を演出している。我々のような鮮魚店も冷蔵や山津が競売にかけた魚を買う以外にもこの仲卸からの買い付けを毎日のように行う。五時からの競売にあわせて問屋が用意した魚を吟味しつつ仲卸の店先に行き競りでは扱われていない魚介や旬なもの珍しいものなどを見て歩き、必要ならそこで取り引きをして買い付ける。
午前六時前、約三十分から四十五分の滞在を終え帰路に着く。が、帰路といっても帰るのは漁協で競った魚を積んである奥さん車の軽トラックであって、中央での買い付け品を乗せた社長車が帰るのは家ではなく漁協だ。先の競りで買った活魚の持ち帰りと生かしておく魚の管理のためだ。持ち帰る魚は当店で売る魚やお客からの注文品として競った魚だ。また、そこに留め置きしておく魚もあるがそれぞれ各自が管理する。
午前六時半から七時前、当鮮魚店が入っている食品センターに到着。
まずは社長車が当日買い付けた魚介や鮮魚活魚を軽トラックから降ろし開店準備への下ごしらえをする。店にある活魚と鮮魚の管理や氷敷きや魚のあらを入れていた桶の洗浄などに約小一時間ほどかかる。
午前八時から八時三十分頃、店主宅に帰っていた奥さん車が食品センターに到着。早朝四時から五時にかけて競った魚がようやく店頭に並び始める。
実はこの車に乗った魚は食品センターの当店頭に並ぶ前に店主宅である程度降ろされる。それは店主宅に買い付けにくるお客のためだ。食品センターには来れないが店主宅に魚を買いにくるお客のためだけにその日に仕入れた魚介は一度、店主宅で展開され売られていくという形になる。
さて。
午前九時前後、当日のお昼メニューや夜の献立に使おうと魚を求めに商売屋が訪れる。言われた魚介を氷を敷いた発泡スチロールに入れる。持ち帰るお客もいれば配達を頼むお客もいる。一般のお客さんも来店する。お昼ごはんのおかずに使う人、晩ごはんのおかずに使う人。刺身を買い食品センター内で食べていく人。来店する商売屋や一般のお客さんの希望に添えるよう魚をおろしたり造ったりする。午後からは店頭の様子も商売屋向けから一般向けに変えられて、魚一本いくらやバイ貝一皿いくらや刺身がいくらなどとなる。店にいる従業員は来店する商売屋や一般客の対応に追われる。俺は主に一日中、商売屋への配達と集金に追われる格好となる。
午後六時半。後片付けも終り休憩室から私物を持ち、帰り支度を整える。
休日は日曜と祝祭日。ゆっくり体を休めるのもあちこちと出掛けるのもカレンダーの赤い日にしかできない。仕事上での拘束時間は約十五時間。眠気が襲ってくるのはしょっちゅうだ。
さあ、明日のためにそろそろ就寝だ。
薫風ただよう昨年五月に再就職をしてから九ヶ月が経とうとしている。
街の鮮魚店。商店街の魚屋。どう言い方を変えようが魚を仕入れて売る仕事だ。
早朝三時二十分。四時の競売開始に間に合うよう漁協へと車を走らせる。
当鮮魚店の買い付けは、社長・奥さん・板前の三人が競りに参加。
四時の競り開始後、当方が競った鮮魚を台車に乗せ次々に軽トラックへと積み込む。
社長車と奥さん車の二台で来てるが漁協での魚の積み込みは奥さん車に集中。
漁獲量にもよるがおおよそ三十分から多いときで四十五分くらいの時間をかけて競りを終える。この競売にかけられる魚介類はほぼ新潟県沖と佐渡・粟島沖の鮮魚と活魚が中心(新潟県沖といっても北は山北周辺から南は糸魚川周辺と長く幅広いのが新潟の海の特徴だ)で日本海近隣他県の流入は全体の一割にも満たないだろう。
漁協での買い付けが終了してもそれで終りではない。次の現場へ移動する。
午前五時から競売が開始される新潟市中央卸売市場水産棟へと向かう。
先の漁協での競りが早く終れば中央市場での競りに間に合うし逆に遅ければ移動中に開始時間が来て狙っていた魚を競れない可能性もある。
新潟市中央卸売市場での買い付けは県外産の魚が中心となる。メリットとしては全国的に旬な魚介や地方で有名な魚が新潟にも入りそれを競り落とせればお客にも提供できる可能性があるということ。
中央での競りは基本的に新潟冷蔵と山津水産の、この二大魚卸売問屋で成されるが水産棟内にはいくつもの仲卸業者が軒を連ねていてそれぞれが各自で網元から引っ張ってきた魚介や水産物を置いたりして独自性を演出している。我々のような鮮魚店も冷蔵や山津が競売にかけた魚を買う以外にもこの仲卸からの買い付けを毎日のように行う。五時からの競売にあわせて問屋が用意した魚を吟味しつつ仲卸の店先に行き競りでは扱われていない魚介や旬なもの珍しいものなどを見て歩き、必要ならそこで取り引きをして買い付ける。
午前六時前、約三十分から四十五分の滞在を終え帰路に着く。が、帰路といっても帰るのは漁協で競った魚を積んである奥さん車の軽トラックであって、中央での買い付け品を乗せた社長車が帰るのは家ではなく漁協だ。先の競りで買った活魚の持ち帰りと生かしておく魚の管理のためだ。持ち帰る魚は当店で売る魚やお客からの注文品として競った魚だ。また、そこに留め置きしておく魚もあるがそれぞれ各自が管理する。
午前六時半から七時前、当鮮魚店が入っている食品センターに到着。
まずは社長車が当日買い付けた魚介や鮮魚活魚を軽トラックから降ろし開店準備への下ごしらえをする。店にある活魚と鮮魚の管理や氷敷きや魚のあらを入れていた桶の洗浄などに約小一時間ほどかかる。
午前八時から八時三十分頃、店主宅に帰っていた奥さん車が食品センターに到着。早朝四時から五時にかけて競った魚がようやく店頭に並び始める。
実はこの車に乗った魚は食品センターの当店頭に並ぶ前に店主宅である程度降ろされる。それは店主宅に買い付けにくるお客のためだ。食品センターには来れないが店主宅に魚を買いにくるお客のためだけにその日に仕入れた魚介は一度、店主宅で展開され売られていくという形になる。
さて。
午前九時前後、当日のお昼メニューや夜の献立に使おうと魚を求めに商売屋が訪れる。言われた魚介を氷を敷いた発泡スチロールに入れる。持ち帰るお客もいれば配達を頼むお客もいる。一般のお客さんも来店する。お昼ごはんのおかずに使う人、晩ごはんのおかずに使う人。刺身を買い食品センター内で食べていく人。来店する商売屋や一般のお客さんの希望に添えるよう魚をおろしたり造ったりする。午後からは店頭の様子も商売屋向けから一般向けに変えられて、魚一本いくらやバイ貝一皿いくらや刺身がいくらなどとなる。店にいる従業員は来店する商売屋や一般客の対応に追われる。俺は主に一日中、商売屋への配達と集金に追われる格好となる。
午後六時半。後片付けも終り休憩室から私物を持ち、帰り支度を整える。
休日は日曜と祝祭日。ゆっくり体を休めるのもあちこちと出掛けるのもカレンダーの赤い日にしかできない。仕事上での拘束時間は約十五時間。眠気が襲ってくるのはしょっちゅうだ。
さあ、明日のためにそろそろ就寝だ。
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